私が研究テーマとして「ウォーキング」に取り組んだのは25年前(1998年)。
それまで「健康づくりのための運動」と称して実験室での研究に取り組んでいたものの、実際に運動に取り組む「人」を対象として研究したいとの思いから、「ウォーキング教室」を開催した。1年後には「ウォーキングサークル」を立ち上げて、一時は400名を超えるメンバーの組織を運営していた。
ウォーキング学会の事務局長(後には会長)も務めていたことから、様々な記事も書いたし取材もたくさん受けた。そんな中に「ウォーキングの効果」について聞かれることもしばしばだった。「身体的効果、精神的効果、社会的効果」などともっともらしく説明したこともあった。
ある時の取材でのこと。いきなり「ウォーキングの効果を教えてください」と問われた。私は、「何に対する効果でしょうか?」と問い返したのだけれど、「ウォーキングの効果です」としか答えてもらえなくて辟易とした。しかたがないから、私が編纂したウォーキングに関するビデオを渡して、研究室のモニタで見てもらうことにした。その取材者は、ビデオを見ながらしきりにメモを取って、見終わるとお礼を述べて帰っていった。
もしかしたら、その方は「ウォーキング」という事象に対して、普遍的・絶対的な「効果」が存在するとでも思っていたのかもしれない。
20年以上昔のことなので、そのような失礼な取材対応を時効としてお許しいただきたいのだけれど、「効果」という言葉が勝手に跋扈しているような違和感を覚えたことが忘れられない。
ところで、Wasedaウエルネスネットワークで「ウォーク」を始めたのは2014年11月のこと。今年で10年目(3月までで253回)になった。
https://wasedawellness.com/walk
この間、延べ5000人以上の参加者を迎えたのだけれど、「ウォーキングの効果」について尋ねられたことはない。そもそも、この「ウォーク」に参加する方々は、何らかの「効果」を求めているのかどうかも定かではない。もちろん、だれもが何らかの「目的」をもって参加していると思うし、その目的が達成されたかどうかは、皆が歩きながら感じているところだと思う。万一「効果」を意識して参加した方がいたとしても、「効果」を感じられなければ来なくなるだけのこと。続けてご参加くださっている方は、それなりの魅力を感じてくださっているのだろうと確信する。
もし、「痩せるためにウォーキングをしてみたい」という人がいたとして、半年たって「痩せた/痩せない」という変化を感じたとしたらご自身で「効果のある/なし」が判定されるのだ。私に「痩せたいのでウォークに参加したい」と申し出る人がいたとしたら、「このウエルネスウォークに参加しても痩せることは期待しないでください」とやんわりとお伝えすることだろう。
何が言いたいのかというと、WWNのウォークには「痩せる」という「エビデンス」がないということ。もちろん、巷の「ウォーキングプログラム」の中には「痩せる」というエビデンスを標榜しているものもあるかもしれない。でも私は、そのような情報を知らないので、もし「痩せたい」という方が相談に来たら、瘦身エビデンスのある別のプログラムを勧めることになるだろう。
ところで、3月下旬に以下の通信を流した。
WWNウエルネス通信 (2024年3月28日):「エビデンス」がもたらす陥穽
WWNウエルネス通信 (2024年3月19日):「エビデンスに基づく運動」という誤解
ここで申し述べた「科学的根拠に基づく医療:EBM」の根本精神は、「個々の患者の臨床判断において最新最良のエビデンスを良心的に用いる」ということなのだが、患者の病苦を癒すためのエビデンスがなかったとしても「エビデンスはありませんが、このような対処法があります」と申し伝えたうえで、患者の希望を聞くというのが、正統派EBMの技法なのだ。「エビデンスがないから治せません」というのは医療ではない。
この考え方をフィットネス(健康運動)に当てはめたとしたら、「クライアントが求める健康状態を達成するために、世の中のエビデンス情報を良心的に提供してあげる」という態度でサポートしてあげることが「科学的根拠に基づくフィットネス」ということになる。
冒頭に紹介したような「ビデオを見てメモするだけの取材者」のような方が「ウォーキングの効果は云々」と語れるような「エビデンス」は、ウォーキングにはおろかどんなエクササイズにも存在しない。それはあたかも、万病に効く薬がないのと同じなのである。
もちろん、私が主催するウォークには、「痩せる」だとか「コレステロールを下げる」などの「エビデンス」はない。でもそれは、コンサートやスポーツ観戦や読書に「エビデンス」がないのと同様のこと。エビデンスがあろうがなかろうが、人生を充実させるために役立つのだったら、そのプログラムを提供することや勧めることに躊躇する必要はない。
かくして私は、WWNウォークを皆様にお勧めしているのである。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男