とある医療クリニックでの話。
初診受付時の記載書類に、「住所・氏名」に次いで「職業」という欄があり、80歳台の高齢男性がその欄に「名誉教授」と記載したとのこと。おそらくはどこかの大学で永らく教授職をお勤めになっていて、退職後に名誉教授の称号を授与されたのだと思う。80歳台ともなれば年金を受給していて、特段に勤労所得がないのだろうと推察される。
このクリニックで「職業」を尋ねた意図は不明だが、アンケートなどでは、類似の設問項目として、「業種」「勤務先」「職種」などの欄もあるので、この方に限らず、どのように記載すべきなのかと迷われるケースも少なくないような気がする。
それはさておき、「名誉教授」というのは「称号」にすぎないので、職業欄に記載するものではないような気がしたのだが、私もそろそろ大学退職を意識する年代だし、名誉教授となったとしたら、「職業欄」にどのように記載すべきなのかということは、他人ごとではないので、少し調べてみた。
当然のことながらネットで調べるのだけれど、出てくる出てくる。いろいろな方がいろんなことを語っている。
まず、素直に「職業/名誉教授」で検索したところ、
「名誉教授は称号であって職業ではないので、無職と記載すべき」
という見解がある一方で、「年金受給者」と記載するのが正解との指摘もある。
つぎに、「職業欄/年金受給者」と検索すると、こんどは逆に、
「年金受給者という職業はないので無職とすべし」
という見解もある。と思いきや、とある銀行のカードローン申込ページでの「記載例」としては、
「収入が年金のみのお客さまは、お勤め先を下記の内容をご参考にご入力ください」
とあって、以下のような記載例が挙げられていた。
・ご職業:年金受給者
・収入形態:固定給
・勤務先名:自営
・住所:自宅住所
・電話番号:自宅または携帯番号
・従業員数:10名未満
・業種:その他
・入社年月:年金受給開始日
・収入状況:1年間の年金受給額
また、国税の申告にも「職業欄」があって、毎年の確定申告の書類と、事業所得の開業届とに「職業」の記載欄があるらしいのだが、その解説ページには、
「迷う場合には、総務省が公開している『日本標準職業分類』を参考にすると良い」
と記されていた。そこで、同分類を参照してみると、「大学教員」「医師」「看護師」などは納得できるものの、「経理事務員」「営業・販売事務員」「システム設計者」「電車運転士」などの表記をみると、単に「会社員」の方が適切なのではないかと思えてくる。
そして、これもまた一般的な解説記事の記載なのだけれど、「看護師」といっても国立病院に勤務する場合は「公務員」と記載する例が標準的だとかで、ますますわかりにくい。
結局のところ、件の「名誉教授」も、「職業」と問われて「無職」と回答するのが妥当なのかどうかと真剣に迷った挙句に、「無職」とか「年金生活者」と書くことに躊躇して「名誉教授」という記載に落ち着いたのではないかと拝察する。
さて、私はどうするか。もしかしたら、退職後の最初の手続きは年金受給申請のような気もする。そこに「職業欄」があるかどうかは不明だが(おそらくは存在しない)、もしあったとしても「年金受給者」とは書けないし、「大学教員」とも書けないだろう。
さしずめ「無職」なのだろうか。でも、「無職」がゆるされるのならば「名誉職」も許されるような気もするし、そうであれば「名誉教授」だって良いのではないか。
というような、どうでも良い思考を繰り返しながら、退職後のシミュレーションにいそしむ日曜日。
というか、今気づいたのだけれど、「いそしむ」という言葉には「勤しむ」という漢字があてられるらしい。そうならば、このような思考に勤しむこと自体も「勤労」の一種なのではなかろうか。
「仕事とは何か」を考えるのは、かように難しい。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男