本日、ウエルネスウォークのコース調査(田柄川緑道と光が丘の公園巡り、2023年5月予定)を行った。
東武練馬駅南口を降りて、集合場所の「北町上宿公園」から田柄川緑道を光が丘に向かうコース。
参加したスタッフにとっては特別なコースではないのだけれど、私にとってはちょっとだけ因縁のある土地だったので、少しワクワクしながら歩きはじめた。集合場所の「北町上宿公園」は初めての場所で、コース地図を見ただけでは判然としなかったのだけれど、スタートから川越街道を渡るまでの道のりに「北町中学校」がありそうだったから。
じつは、私は1970年から72年までの3年間、練馬区北町に居住していて、3年間を過ごした中学校だったのだ。自衛隊練間駐屯地の向かいの官舎から川越街道を少しだけ下って自動車(練馬)車検場の角を右に曲がったところに北町中学校があった。
本日歩いた「旧川越街道」はその裏手の道で、通学路ではなかったので、地図上に記載された道が中学校に接しているのかどうか、初見ではわからなかったのだ。
と、旧道から南(川越街道方面)に向かう途中を右折したところで、吹奏楽の音響。ちょうど、右折して歩もうとした田柄川緑道の左側に件の中学校の校舎(裏側)がそびえていた。
そこで、すかさず、一緒に歩いていたスタッフ(尾滝さん・橋本さん・吉田さん)に、
「私もブラスバンドをやっていたのです」
と声をかけたのだが、皆トンチンカンな様子。
「じつは私は、この北町中学校に3年間かよっていて、ブラスバンド部だったのです。」
と、打ち明ける。
なんと、祝日の朝10時過ぎに50年後の後輩たちのブラバンの部活の音色が聞こえてきたということ。
「あの3回の端の音楽室で毎日練習してました」
と発する言葉は、もはや他の3人への言葉というよりは、私自身が50年前の自分を懐かしむ独り言だった。
思えば、50年も昔の話。でも、校舎の構造は全く変わらず、おそらく外壁塗装以外には私がいた時と同じ骨格なのかもしれない、と感慨にふけったのだった。
まあ、来年5月に歩く皆様にとっては、単なる「歩きやすい緑道」なのだが、私には暗渠になる前の「どぶ川」の印象が残っていて、まさに「隔世の感」。
私ごとはこの程度にして、田柄川緑道も堪能したのだけれど、後半の「光が丘の公園巡り」も秀逸。都立光が丘公園には寄らないのだけれど、光が丘の居住地域に散在する4つの公園(秋の陽公園・夏の雲公園・春の風公園・四季の香公園)をめぐる。
(ちなみに、私が住んでいたころはグラントハイツと言われた土地で、このように整備されたのも隔世の感)
コースのほとんどが暗渠緑道と公園内の道。しかも、それぞれに手入れされた景色が楽しめる。来年5月(3日&17日)に歩くときには「ブラバンの音色」は聞こえないかもしれないけれど、もしかしたら鳥のさえずりに出会えることを期待したい。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男