表題の書(中野信子著、アスコム、2020年1月刊)を読んだ。
正式な書名は「人は、なぜ他人を許せないのか?」という15文字だけなのだが、著者は「正義中毒」という言葉によって「他人を許せない状態」を定義づけ、それが「誰にでもあるヒトとしての本能」であることを理解することで、「許せない自分を理解し、人を許せるようになる」ことを狙いとしている。
表紙に大きく「正義中毒」と記されているし、この言葉が本書のキーワードなのだから、「正義中毒について書かれた本」だといえる。
私は、コロナの最初の夏(1年半前)に本書を読んだのだが、本書が刊行されたのはコロナウイルスが報じられた1月なので、本書を執筆しているときにはこのようなコロナ騒動が起こることは予見していなかったのだと思う。
それにしても、その春以降は多くの人々がそれぞれの「正義」を振りかざして「他人を許せない状態」に躍り込んでいったわけなので、なんともタイミングの良い刊行だったと感心せざるを得ない。当然私も、「正義中毒」という表記に「我が意を得たり」と購入したのだから本当に「コロナ禍での人々の心理状態」を見事に言い当てたといわざるを得ない。
ただ、もう少し正確に言うと、著者の中野信子さんは、このパンデミックが広まった4月に、ヤマザキマリさんという方との対談という形で「生贄探し」(中野信子+ヤマザキマリ著、講談社+α新書、2021/4/22)という書を緊急出版して、コロナパンデミック下の心理状況を解説しているので、コロナ対策としてはこちらの書の方が正鵠を射ているかもしれない。だから余計に、コロナ禍とは無関係に著された本書の方が、冷静に私たちの心理状態を解読してくれていると安心できる。
それはさておき、中野さんの説明によると、他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されるのだという。そして、我々はだれしも、このような状態にいとも簡単に陥ってしまう性質をもっているのだとのこと。しかしながら同時に、「人を許せない自分」を許せない苦しみも併存するらしい。だから、さんざん相手をなじっておきながら後で後悔したり自己嫌悪に陥ることもあるのだという。
それゆえ、「許せない仕組み」を知ることによって、「人を許せない感情」をコントロールして、穏やかに生きるヒントが得られるのだと説く。その仕組みを縷々解説したうえで、最後の章では、その「正義中毒」から自身を開放する手法が述べられている。
細かな話は同書に譲るが、「老けない脳をつくる」ことと「食事や生活習慣で前頭前野を鍛える」ことが大切だとのこと。まあ、ありきたりの話になってしまうことが少し物足りなかったのだけれど、この「正義中毒」を乗り越えるカギは「メタ認知」だという指摘は心にしみた。「メタ認知」というのは、「自分を客観的に見る」ということで、自分の感情を中心に据えるのではなく「他人から見た自分を他人の目で評価すること」とでも言えるだろうか。他者に共感したり、他者の立場で事情を斟酌したりすることによって、自分自身がどのような状況にあるのかを把握するということらしい。
敵対したり馬鹿にしたりしたくなる相手が現れた際に、まずその他者の考え方を全て正しいものと受け入れてみて、自身の考え方の過ちを想像してみることで、「正義中毒状態」はずいぶんと抑制されるようだ。
また、「自分にも他人にも一貫性を求めない」という態度もとても役立つらしい。ついでに言えば、「正義」が自分一人の私的な感情であって、他者と共有できる完璧な正義などというものが存在しないのだと思い込むことも、メタ認知の一つなのだと思う。
昨今は、ロシアのプーチン大統領を「許せない」と感じている方も多いと思うのだが(私もその一人)、憤ってみたところでウクライナの方々を救うことにはつながらないので、ウクライナの方々のために自分に何ができるのかということを冷静に斟酌してみたいと思う。さすがに「プーチンが正しい」という気持ちには到底なれないのだけれど、どうして彼がそのように思い込んでいるのかということを想像してみることが「メタ認知」なのだし、そうすることで、随分と視野が広がるような気がする。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男