【4】「見えている現実は人によって異なる」ということ

さて、まだまだ「コロナ」が終わらない。

というか、緊急事態宣言の効果を確実にするための特別措置法の改正案が国会で審議されているほどなので、これから先も長く続くような気がする。

それはさておき、その「特別措置法」。正式名称は「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という。そもそもは、2009年に流行した「新型インフルエンザ」の再来に備えて、2012年に成立した法律であり、昨年3月に同特措法に「新型コロナウイルス感染症に関する特例」の条文を追加して、同法を適用した緊急事態宣言を発布できるようにしたということ。

私たちにとっては、それが「インフル」であっても「コロナ」であっても、「脅威をもたらす新型ウイルス」であることには変わりはないのだから、その名称などはどうでも良さそうなのだけれど、《法律》の世界では一字一句の文言に重みがあるらしい。

ところで、この法律の基となった「新型インフルエンザ」は、2009年に発生。WHOが「パンデミック」を宣言して日本でも大きな騒動となったが、翌年にワクチンが開発されてからは、毎年恒例の「季節性インフルエンザ」として社会に受け入れられるようになった。それゆえ、今回の「パンデミック」もワクチンが普及すれば、「今年のコロナは〇△型」などと報じられて、「季節性コロナ」と呼ばれるようになるのかもしれない。

そこで思い至って、「季節性コロナウイルス」をGoogleで検索してみたところ、「人に風邪を引き起こすコロナウイルス」は既に4種類存在していて、「古いものでは1960年代には発見されていて、既に人類と共存しています。」とのこと。

(http://www.eiken.yamagata.yamagata.jp/biseibutsu/seasonal_HCoV/seasonal_HCoV.html)

そういえば、生物学者の福岡伸一先生(青山大学教授)は、昨年3月に、

「現在、大騒動をもたらしている感染症も、やがては流れ流れていくはずだ。それは制圧や根絶ということでなく、ウイルスとの共存という形で。…日常の風景の一つになる」

(https://www.asahi.com/articles/DA3S14408049.html)

と述べていたし、6月には、

「私は、ウイルスを、AIやデータサイエンスで、つまりもっとも端的なロゴスによって、アンダー・コントロールに置こうとするすべての試みに反対する。」

(https://www.asahi.com/articles/ASN6C4G6HN50UCVL006.html)

とまで断言していた。私とは違う知識や知恵で世の中を見ている方々にとっては、私とは違う現実が見えるということなのだろう。

私たちは今、「新型インフル」という世界の見え方から「新型コロナ」という見え方へと眼鏡を変えた。でも、その間にも、「季節性インフルエンザ」とか「季節性コロナウイルス」という見え方も共存していた。そしてまた、「ウイルスとの共存」ということを前提として、「ウイルスをコントロールすること」を否定する人もいる。

先に、「自分とは異なる思いや正義感を抱く他者を尊重することは、意外と難しい」と述べたことがあったが、このような異なる見え方をすべて受け入れることなんてできるのだろうか?

確かに、「コロナウイルス」という言葉を悪の権化のように見てしまうのが一方的だということはわかった。でも、「フィットネス=良い/正しいこと」と信じ込むことが、もしかしたら一方的(偏見)なのかもしれないなどと疑うことは、今の私たちにできるのだろうか。

なかなか難しい。

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