WWNウエルネス通信 (2月1日):「真似てはいけない健康法」

ちなみに、忘れないうちに慌てて申し述べておくと、私は薬を飲まない。サプリも飲まないし、医者もほとんど受診しない。

もちろん、先週も目薬を買って挿したし、医療や服薬自体を拒否しているわけではない。

その必要があるかどうかを決めるのは自分自身であって、基本的には「薬は無用」という考え方で自身の健康管理に努めているということ。

といっても、10年ほど前までは、かなりの「薬漬け」だった。

風邪をひいたら医者に行って、抗生物質を含む5種類ほどの処方薬を飲んでいたし、軽い症状でも市販の総合感冒剤を服用していた。それどころか、飲みすぎた翌朝の頭痛を抑制するためにバファリンを常用していたほど。今から思えば、とんでもない薬中毒だったのだなぁと、ぞっとする。

それが無くなったのは、かれこれ10年ほど前のことだっただろうか。

年末からの風邪症状にスマホを見ながら寝て過ごしていた時、どのようなキーワードで調べたのかは思い出せないが、「風邪の症状はウイルスと戦っている免疫系の活動の証」という内容の記事を目にしたのが始まりである。

 「体温を高めることで(ウイルスを無力化するための)免疫系が働きやすくなる」

 「解熱剤で熱を下げるとウイルスを助けることになる」

正確な文面は忘れてしまったが、おおよそそのようなことが書かれてあった。

それまでは、免疫系の論文を読むことはあっても、その仕組みをきちんと理解しないままに適当に過ごしていたのだが、改めて「免疫機能」についてきちんと勉強してみると、「これまで如何に無意味な服薬を続けていたのか」との後悔の念さえ湧いた。

と、その年末年始の風邪を「寝るだけ」で過ごした私は、それからは風邪をひかなくなってしまった。それどころか、その後に野口晴哉さんの「風邪の効用」を読んだ際には、「次に風邪をひいたら、私の身体はもっと整うのだろうなぁ」などと思うようになってしまったのだ。

「治さなければならない」と思うから、風邪が苦痛になる。「風邪が身体を通過する」ことを心地よく思うようになれば、少々の発熱や節々の痛みも楽しいものになるに違いない。

もうこれからは風邪をひかないのかと思うと、なんだか寂しい。

まあ、風邪程度ならばどうでも良いのだが、私のそのような偏屈は、脳梗塞を患ったときに確信に変わった。

その顛末は、かつて(昨年12月に)記したが、

https://yoshionakamura.jp/2020/12/09/wwn%e3%82%a6%e3%82%a8%e3%83%ab%e3%83%8d%e3%82%b9%e9%80%9a%e4%bf%a1-%ef%bc%8812%e6%9c%88%ef%bc%99%e6%97%a5%ef%bc%89%ef%bc%9a%e3%80%8c%ef%bc%97%e5%b9%b4%e5%89%8d%e3%81%ae%e8%84%b3%e6%a2%97%e5%a1%9e/

私が「脳梗塞ではないか」と訪れた脳神経クリニックの医師は、最初は否定していたのに、念のためにと検査したMR画像で小脳梗塞痕が見つかった際に、「再発予防」と称して、血液抗凝固剤を「一生飲んでもらいます」と処方したのだった。

さすがに私も、従順に服用しはじめたのだが、倦怠感が気になってその薬の効能と作用機序・副作用を調べたうえで、最終的には2度目に処方された同剤のほとんど(数千円分)を飲まずに捨てた。

3年ほど前に、足背部の痛みを感じて、「骨折かも」と案じて整形外科を受診した折にも、医師は「痛風」と診断して血液検査を行った。その結果、尿酸値が正常範囲内にあることが分かったのにもかかわらず、結局「痛風」と言い張って「尿酸を下げる薬」を処方しようとした。私は納得できなかったので、「処方」さえも拒否して帰宅した。自分で調べてみたら、それは「外反母趾」の症状だったので、自分で「軽度の外反母趾」と診断して、歩き方を変えることで治すことにした。

医師や医療は、私が必要とするときに必要な検査と診断をしてくれる存在なのであり、依存したり委任する存在ではないのだ。その診断や処方の妥当性は自分で調べて納得するしかない。

これが私の健康管理法。

でも、これは、頑固・頑迷な私だから実施できるやりかたなので、懸命な皆様は《絶対に》マネしないでください。

コメントを残す