先週、「自分の生活の反映が今の健康」と題して、野口晴哉氏の「整体入門」を紹介した。これは、同氏の提唱した「野口整体」を著す3部作のひとつであり、「風邪の効用」「体癖」と続く。厳密にいうと、「整体入門」の初版は1968年で、「風邪の効用」は1962年刊なので、初版刊行自体は「風邪の効用」の方が早いのだが、「整体入門」は、他の二書の導入の位置づけにあり、ちくま文庫版ではこの順番で刊行された。
それはさておき、私が最初に同氏の著作に触れたのは「風邪の効用」が最初であった。知人のクリニックの待合の書棚の中なら見つけ、その後、図書館で借りて読んだ後に、いよいよ自分で購入した。手元に所有すれば自在に書き込みもできることから、マーカーで線を引きながら熟読。今回改めて「整体入門」とともに読み直して、さらに大きく得心した。
そもそも、タイトルに意表を突かされるのだが、同書の主張は「風邪は病気というよりも治療行為」ということ。そして「風邪は治すべきものではなくて経過するもの」という思想を根底に持つ。だから、「風邪を完全に経過しないで治してしまうことばかり考えるから、普段の体の弱い処をそのまま残して、また風邪を引く」ということになる。
「体が恢復しようとする動きが風邪の現象」であり「風邪を引くということ自体がもう治ろうとする要求だから」という説明は、そういえば、下痢だって嘔吐だって侵入した異物を排除する自然な営みに他ならないのに、やれ下痢止めだとか吐き気止めなどと薬に頼ろうとする考え方を反省させられる。「昨年流行った消化器の風邪は、…終わりは下痢。神経が過敏な人は一度下痢をして、これで済んだと一息入れればいいのに、風邪の上に下痢までしたと慌てている。」という喩えは笑いを誘う。
思えば、私も最近はとんと風邪を引かなくなった。病気とは無縁の状態が長く続いているのは、数年前の年末に患った風邪に対して、ただただ受け止めて寝ながら熱を通過させたことが端緒だったような記憶がある。その時の「風邪」が私の体を整えて、「病気にならない身体」になったのだとしたら、まさに「風邪の効用」だ。
その時「ただただ寝て過ごす」ことだけに努めたのは、「発熱するのは免疫系がウイルスをやっつけているからで、熱を下げると免疫系が働きにくくなって治りが悪くなる」という記事をネット見つけたからだった。以来、「薬は飲まない」ということを原則としているし、「薬を飲まない身体」が病気とは無縁になった原因だと確信している。
「最近の病気に対する考え方は、病気の悪いことだけを考えて、病気でさえあればなんでも治してしまわなくてはならない、しかも早く治してしまわなければならないと考えられ、人間が生きていく上での体全体の動き、或は体の自然ということを無視している」という野口氏の警告は、身につまされるのである。
繰り返すが、これは、60年前(1962年刊)の慧眼である。「この本であなたの病気に対する考え方は一変する」とまで表紙帯で謳われた同書が刊行されて60年近くも経っているというのに、世の中の考え方が一向に変わったように見えないのは、いったいどうしてなのだろうか?
巷では「新型コロナウイルス」などと騒がれているけれども、私には、そのような「ウイルス」や「肺炎」を恐れる人の気持ちがわからない。「単なる風邪でしょ」などと侮るつもりは毛頭ないのだが、風邪ウイルスも含めてウイルスは時として体を整えてくれるし、新種のウイルスは私たち人類の進化の伴侶だったのに。だから私は、「新型コロナウイルスの効用」を信じたい。
「病気を恐れる気持ち」自体が自らを苦しめて「治らない身体」を作ろうとしていることに、気づいていない人が多いような気がする。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男
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