前回の本稿で、「そもそも、健康づくりの分野に「トレーニング=鍛える」という概念が導入されたのは…1968年に「エアロビクス」がフィットネスの中核理論として著されたときから」と記した。これは、「健康づくりの分野に」という限定条件でのことであり、《鍛える》という考え方は、19世紀の生物学者が著したとされる「ルーの三原則」にまで遡ることができる。これは、「身体の機能は適度に使うと発達し、使わなければ退化し、過度に使えば障害を起こす」という「生理学の基本法則」として、主として身体トレーニング学の分野で現代にいたるまで言い継がれている。(じつは、ルーの三原則では「鍛える」という用語は使われていないのだが、このことについてはここでは触れない)
ただ、ここでいう「トレーニング」は、当初は筋肉の強化・肥大を主眼にしていたものであり、心臓血管系あるいは呼吸循環器系の機能にまで拡張されたのは、20世紀後半に至ってからのことである。まだ、「激しい運動は心臓発作の要因である」と信じられていた1940年代半ばに、フィットネスの父(the Father of Physical Fitness)と呼ばれたT.キュアトン博士が、「持続的な運動(彼はそれを“endurance training”と呼んだ)が心臓・血管・呼吸器系の機能向上をもたらす」と主張してから、米国の主要な大学でendurance trainingの研究が盛んにおこなわれるようになった。軍医だったK.クーパー博士がハーバード大学での研究成果をもとに“Aerobics”という身体運動体系にまとめたことが、それまで「筋」に適用されていた「ルーの三原則」が、心臓血管系フィットネス(cardiovascular fitness)にまで拡張されて広まる発端となったのだ。それが、「エアロビクスがフィットネスの中核理論として著された1968年」ということになる。
この考え方は、「エアロビクス=フィットネス=健康づくり」という一元的な解釈となって、1970年代に世界中に広まった。それまでは、Physical Fitness(体力)というと青少年の《元気さ=力強さ》を表す指標であり、瞬発力・筋力・持久力・敏捷性・巧緻性などと要素分類されていたものが、全身持久力・筋力・柔軟性・体脂肪率の4つの要素が抽出されて「Health related Physical Fitness(健康関連体力)」と命名されたのが1979年のことだった。日本語では「体力」と表記されるから、私たちはついつい「力強さ」が評価されているようにも感じてしまうのだが、もともとのFitnessには、「力強さ」というよりもむしろ「適性」という含意がある。でも、もともとは青少年の鍛錬(training)の評価指標として構築されたPhysical Fitnessという概念の中では、高齢者にも《元気さ=力強さ》の指標として広まってしまったこともやむを得ない。1990年代には、「高齢者でも筋力トレーニングができる(筋力向上を目指すべきである)」という考え方がじわじわと広まっていったし、日本では2004年から軽度の要介護認定者に対して「筋力トレーニング」が要請されるようにもなった。
もちろん、高齢者であっても自らの身体づくりに励んでトレーニングに精を出す方がいることは好ましいことだし、そのような方のために適切なトレーニング指導が求められていることも論を待たない。でも、すべての高齢者が筋トレを好むわけではないし、《鍛える》というよりも《癒し》を求める方が多いのも確かである。快適で楽な生活であっても十分な達成感が得られるのであれば、なんでわざわざ苦しくてきつい運動に励まなければならないのだろう。このような考え方は、だれかが声高に叫んだり宣言したりはしなかったけれど、2000年代後半から少しずつ浸透していったようだ。おそらくは、パーソナルトレーニング(トレーナー)が普及していったことと関係しているのだろう。一部の高齢者にとっては、「汗を流し、身体に負荷を感じるトレーニング」が重要な生活習慣になっている一方で、「痛みや苦しみのない生活」を望む高齢者も少なくない。身体の悩み(痛み)を抱える高齢者にとっては、《鍛える》という方法論よりも《整える》というまなざしでアプローチしてくれるトレーナーを頼りたくなるのは当然だし、それが望まれている以上、トレーナーの技法が《整える》ことに重きを置くようになることも自然なことであろう。
フィットネスに望まれていた《鍛える》という根本原理が《整える》という考え方へと変革してゆく。今はその転換期なのだ。
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