私にとっての理想の最期(葬式の参列者partⅡ)
先週、私の葬式の参列者を推計したという話を記した。
交友関係の大きさに応じて参列者が増減するが、「60歳を超えた今から70歳の退職までがピークで1000名程度」と推計したのだった。もちろん、私の葬儀参列者は少ない方が良いと思っているし、その数の多少は全く問題ではないのだが、この世から私がいなくなることで迷惑・不便を被る方々にはきちんと知らせる義務があるだろうし、それを知らせるべき方々が今のところ1000名を超えているということだ。
ところで、それだけ多数の参列者を迎えるためには、
- 葬式をしかるべき会場で開催する。
- その事実を交友関係者すべてに知らせる。
という二つの準備が必要である。それは、死後の私にはどうにもならないことなので、誰かに託さなければならない。
「1」については、25年ほど前に学部(土屋ゼミ)を卒業して葬儀屋を営んでいる者(室伏君)に「在職中に死んだ場合には葬儀をお願いしたい」と頼んで、その名刺を息子に渡しておいた。だいたい、私が在職中に死ぬとしたら突然のことであろうから、多くの方々に迷惑がかかるので、死亡の事実は直ちに関係者に知らせなければならないし、それを私ができないわけなので、誰かに託すしかない。で、土屋先生と長男にその旨を委託した次第である。もちろん、多くの方々に迷惑をかけることなので、絶対に死なない覚悟を決めている。
退職後も、ボランティアを含めて仕事が全く無くなることはないので、交友関係はある程度続くであろうから油断はできないが、少なくとも「私がいなければならない仕事」を少しずつ減らしていくことで、迷惑を最小限に抑えようと思っている。
要は、「葬式の参列者」は交友関係の広さに対応しており、それはすなわち「迷惑をかける人の数」に比例するのだと確信した。私の父親が昨年亡くなった際は、私を含めて3人の子どもとその家族だけで見送ったが、思えばそれは理想的な最期なのだろう。もしかしたら、私の理想としている「迷惑をかけない死に方」の究極は《孤独死》なのではないかとも思った。