2025年も暮れようとする12月7日(日)の朝。
那須歩きの最終ステージに向けて自宅を出た私は、宇都宮線を乗り継いで氏家駅へ向かった。途中、これまでに歩いてきた道筋を折々に垣間見ながら、久喜では熱中症を思い出し、小山駅では腫れあがった足と一か月に及ぶダメージの記憶を振り払いながら、10時過ぎに氏家駅に到着。間髪を置かずに氏家駅東口から歩き始めた。
前回の第5ステージは10月13日。約2か月の休養期間があったので「満を持して」と言いたいところなのだけれど、足のむくみは相変わらずだったし、この1週間ほどは、ときどき左足の中足骨に痛みのような違和感を覚えることもあったので、じつは心配しながらのスタートだった。
でも、歩き始めたらそんな心配は杞憂だったようで、快調に歩が進んでゆく。
氏家駅から東に進み、国道4号を左折した後は、ひたすら北上する。
途中、「蒲須坂(南)」という交差点で、国道が東方向へ迂回するため、そのまままっすぐ県道(会津中街道)を進む。すると、JR蒲須坂駅入口に「蒲須坂」という交差点があって、その先さらにまっすぐ進むと「蒲須坂(北)」という交差点を過ぎる。
前々から気になっていたのだが、JR蒲須坂駅の周辺は、線路も平らだし電車から見える左右の風景も平らなのだ。「蒲須坂」という「坂」はどこにあるのだろうといぶかしく思っていたのだが、こうして、「蒲須坂(南)」から「蒲須坂」を経て「蒲須坂(北)」と平坦な道を歩いてみると、やっぱり大いなる違和感。
帰宅後にGoogleで調べてみると、「特定の坂ではなく単にそのエリアを示す語」という説明が出てきたが、「坂がないのにどうして坂という地名になるのか?」と食い下がったところ、
》「蒲須坂」はかつて鬼怒川(きぬがわ)の後背湿地(こうはいしっち)が広がっており、
》「ガマ(蒲)が生い茂る川辺の洲(中州)にある坂(高台)」のような地形を表している可能性が高い
というAI回答が得られた。
広域地図を見てみると、奥日光から東に流れてきた鬼怒川は、ちょうど蒲須坂のエリアで右にカーブして進路を南に変え、氏家からはほぼ南向きに流れているので、現在の「蒲須坂」のエリアは鬼怒川に向かって「高台」になっていたのかもしれない。
つまり、そこには鬼怒川に向かって「坂」があったということ?
今では単なる「蒲須坂エリア」になっていて、南北に貫く道の両端が(南)と(北)と命名されているだけだと考えると合点がいく。
もしかしたら、国道4号が「蒲須坂エリア」で少し(最大で500mほど)東側を迂回しているのも、大昔に鬼怒川がカーブせざるを得なかった地形の特徴と関係しているのかもしれない。
というようなことは、結局のところ解決するようなことではないのだけれど、考えること自体が愉しい。
というか、そんなことを考えて愉しいと感じながら歩いている私は、よほどの暇人??
(続)
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男