私の知り合いの女性から聞いた話。
ご主人が整形外科クリニックを開業していて、受付の女性がお休みの時に、時々手伝うのだという。
あるとき、「腰痛」を訴えるご高齢の女性が受診した際に、診察室での会話が耳に入ってきたとのこと。
「普段からよく身体を動かすようにして、時々ストレッチをしてくださいね」
との医師からの指導に対して、
「私がやるのですか!?」
と、驚いたように答えたのだという。
その話を私に聞かせてくれた女性としては、「こんな患者さんがいるのよ」という驚きを、笑い話として教えてくれたのだと思うのだが、私は、
「患者さんのアルアルですね」
と答えて、その話は終わった。
でも、よくよく考えてみると、「腰痛」という苦しみを抱えた患者さんが「治してほしい」と期待して医師を受診するわけなので、「治してもらえる」と期待してもおかしくはない。それどころか、「自分でやってください」と諭されるわけだから、その患者さんにとっては、もしかしたら医療に対する期待が裏切られたと思ったかもしれない。
結局のところ、現代の医療体制の中で、「かかりつけ医」と呼ばれる医院やクリニックは、病気を治す場なのではなくて病気の診たて(診断と処方)をする場なのだということが、当たり前のこととして理解されていないから、そのような誤解が生じるのだろう。
もちろん、クリニックの中には処置室などを設けて、診断の後に電気治療などを施す所もあるので、一概に「治療しない」と断言することはできないが、クリニックの最も中核の機能は診察室で行われる「診察」であり、次に求められるのは「検査」である。その結果として「診断」と「処方」が行われる。大抵の場合は、薬の処方箋を出したり、治療のための病院の紹介状を出したりするのがクリニックの役割なのであり、独りで開業している医師が診察に加えて治療まで行うのは、たくさんの患者を診なければならない状況の下では現実的ではない。
もし、件の医師からの処方が「湿布薬」だったのであれば、その患者さんも「私がやる(貼る)のですか?」などとは驚かなかっただろうけれど、それが「ストレッチ」になっただけのこと。
とすると、「薬」については自分で飲む(塗る・貼る)ことが当たり前だと思われているのに、自分で身体を動かしたりストレッチしたりすることで症状の予防や改善につながるということが当たり前のこととして広まっていないことが、問題なのだろう。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男