那須のお好み焼き屋での話には、まだオマケがある。
最初に店に恐る恐る入ったとき、奥から出てきてくださったのはマスターの奥様。
15分ほど待つ間に、ゲストハウスを案内してもらった。
店に戻って唐突に、
「テニスはおやりになりますか?」
と尋ねられたので、
「全くやりません」
と答えたが、妻が「学生時代にたしなんでいた」と話すと、
「月曜の朝に初心者向けにレッスンがあるのでお越しになりませんか?」
と誘われた。付設のテニスコートは、場所貸しだけでなくレベルに応じた各種スクールを頻繁に開催していて、「テニスクラブ」の機能もあるらしい。
マスターが到着して、お好み焼きを挟んで交わされた話題のほとんどはマスターの話だったのだけれど、一度だけ奥さんが割って入ってきた。
なんでも、先ごろイギリス旅行から帰ってきた直後に、休む間もなく親戚のお通夜と葬儀のために1泊2日で新潟を往復して日曜日に帰宅。翌朝、テニスのレッスンを終えたところ、ご主人が
「買い物に行くから付き合え」
と言ったらしい。
「疲れているから休みたい」
と断ったら、
「疲れるのならテニスなんかやるな」
と叱られたとのこと。結局、マスターはひとりで車を運転して買い物をしてきたとのことなので、何も私たちに話して聞かせることでもないような気がしたのだけれど、マスターとしては、
「私も疲れていたから」
とのことで、どうやら車の運転をしてほしかったのではないかとも推察した。
それでも、
「マスターも疲れていたわけですから、テニスのせいではないようですね」
と、奥様の肩を持ってしまった。
その話が出た時は、まだ重症筋無力症の話を聞いてはいなかったので、そこまで考えが及ばなかったのだが、疲れてくると瞼が開かなくなるような発作が起こるのだとしたら、奥様が運転するか買い物をあきらめた方が良かったのかもしれない。人の話にうわべだけで応答するのは危険だなぁと、帰宅後に反省した。
ところで、ここでさらに気づいたのは、奥様の病気(すい臓がん)のこと。
奥様も病を抱えながら「疲れてもテニス」という生活を送っていたのだ。「ヨガもやってみたい」との抱負も語っていた。私の妻が、近所のヨガ教室を紹介したところ、
「水曜の夜に行っても良いかしら?」
と、ご主人に尋ねていた。
そうなのだ。
このお店は、リーフレットには「定休日・火曜」と書いてあったけど、Googleの案内では月曜日から日曜日まで「11:00~21:00」と記されている。普通は、昼営業と夜営業の間は休むはずなのに、その休み時間もない。だからこそ私たちも入ることができたのだけれど、「疲れても営業」というのは無茶じゃないだろうか。
そのことを質問したところ、
「客がきたときだけ働いているので大丈夫ですよ」
と笑っていた。
前回は「it’s worth living(生きているって素晴らしい)」という物語を述べたけれど、すい臓がんや筋無力症であっても、「店を開けて働いて、お客としゃべって、薪割りや農園や余暇を楽しむ」という姿が、このご夫婦の人生の証なのかもしれない。
(了)
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男