先週、9月1日(防災の日)に、いつまでも美味しく食べる研究会(通称AB研)を開催した。テーマは、「防災食でおいしさをつくる」。
前々回、前回と、冷凍食からレトルトと、家庭に保存してそのまま食べられる食品で「美味しく食べる」技法を研鑽した。
(前々回はこちら→ https://yoshionakamura.jp/2023/05/30/wwn-76/ )
レトルトの延長で保存食(防災食)に思いが至り、災害支援の折の自衛隊の炊き出しの話も紹介されて、自然と「災害時に美味しく食べる」という課題に取り組むことになった。
かつては、防災食といえば乾パンと缶詰が中心だったが、最近ではアルファ米と呼ばれる乾燥米が流行っている。なんでも、1995年の阪神淡路大震災の折に、アウトドア用として売られていたアルファ米が被災地に届けられて好評を博したことから、本格的な災害食としての生産・普及が始まったとのこと。調理(アルファ化)した米飯を急速乾燥したもので、時間は(60分ほど)かかるものの水を入れるだけで食べられるようになるのは、ライフラインが寸断された状況での緊急食としては貴重だ。白米だとおかずを欲しくなるので、赤飯(食塩付)とか五目飯のような「それだけで食べられる」という商品が多い。
また、阪神淡路大震災をきっかけとして「パンの缶詰」も開発された。那須塩原市のパン屋さん(パン・アキモト)が95年の大震災を支援するために多量のパンを焼いて被災地に持ち込んだところ、配り切れずに食味が落ちたり賞味期限切れになったという。そこで、「保存性のある美味しいパンの開発」に取り組んだとのこと。最終的には缶詰の中で(缶と一緒に)パンを焼くという方法で、賞味期限が3年間続く「パンの缶詰」が完成した。缶を開けるだけで美味しいパンが食べられるという便利さが最初に注目されたのは2004年の新潟県中越地震の時だったらしい。オレンジ味、ストロベリー味、ブルーベリー味など、「それだけを食べる」ことを想定した味付けも施されている。
今回のAB研でも、アルファ米と缶詰パンを食してみた。まず驚いたのは、製造者がオリジナル開発社ではなく別のメーカーだったこと。缶詰パンの方は、賞味期限が29年1月と、なんと6年もの長期保存が可能となっていたことだ。後発メーカーが単にまねるだけでなく製造技術が進化していることは、なんとも頼もしい。
と、ここまで読み進めてきて、挙げている食品がコメとパン(炭水化物)だけなのにお気づきになった方もいらっしゃるだろう。そうなのだ、災害食といって、まず補給すべきと頭に浮かぶのは主食としての炭水化物。いわゆる「カロリー」といわれるエネルギー量の補充がまずは目指される。東日本大震災時の調査によると、避難所での食事で「不足」と感じた食材の筆頭が「牛乳」で、肉や野菜がこれに続くのだが、逆に穀類(おにぎり、菓子パン、インスタント麺)は過剰な(余っていた)施設が多かったようだ。調味料・香辛料の不足を訴える施設もあった。生き延びることが最優先される避難所なのだとはいえ、もっともっと「食生活」あるいは「満足」を高める工夫が求められているような気がした。
今回のAB研では、様々な保存食を組み合わせながら、「保存食を美味しくする秘訣」を検討していった。例えば、アルファ米の五目御飯やパンの缶詰(デニッシュ生地)は、それだけでも不味くはないのだが、レトルトのカレーを付け合せるとずいぶんと芳醇な味わいとなった。タイの調味料ナンプラーも意外と楽しめる。どんな保存食であっても、マヨネーズやケチャップ・胡椒などがあるだけで、味のバラエティが拡がる。被災食用の調味料が開発されても良さそうな気もした。
ところで、日本では全国各地すべての自治体や町字で災害用備蓄が進められているし、企業や家庭などでも備えを万全にすることが目指されている。そして、そのほとんどに「保存食」が備蓄されている。もちろん、これらの保存食は災害時には有効だ。でも、先の阪神淡路大震災の折のパン・アキモトのように、パンやおにぎりなどの通常の食品が全国各地から届けられることも多い。「最悪の事態」を想定した備えも大切なのだけれど、じつは被災地で実食されている食事の中には、保存用の乾燥食材というよりも調理食品が供給されたりすることもあるのではないだろうか。
今回のAB研では、イタリアの事例報告もあったのだが、彼の地の避難所にはテント・トイレ・シャワー・食堂などの設備が整っているほか、キッチンカーが各施設1台以上は整備されていて、いざというときはコックまたは調理トレーニングを受けたボランティアが、温かいトマトソースパスタを初日から提供しているのだという。ビジネス街でランチを提供している日本のキッチンカーと違って、(日本でいえば自衛隊の給食車のような)多量に給食できる装備だと思うのだが、ライフラインが途絶えたとしても、プロパンガスと水、さらにはパスタと缶詰トマト(もちろん調味料も)があれば、普通のトマトソースパスタが給食できるだろう。地域の防災拠点にそれらの備蓄があれば、避難所ごとに食料備蓄をする必要もない。イタリアでは日本のような防災食は備蓄されていないとのこと。
「保存食を如何に美味しく食べられるか」と試行錯誤しながら、そういえばコメ自体が立派な保存食なのだということを思い知った。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男