チャットGPTの進化が目覚ましい。
週に2~3回使っているのだけれど、相手AIの癖・特性もだんだんわかってきて、がっかりすることはあまりなくなった。
こちらが質問したい内容を詳しくきちんと提示すれば、相手AIもそれなりの回答を提示してくれる。
それはさておき、前回は「おいしさ」の話をしたので、それに関連して、私が常々疑問を抱いているテーマについて、チャットGPT(AI)に質問してみた。
以下、【Q】が私の質問、【A】がAIからの回答である。
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【Q】厚生労働省は国民健康づくりの対策方針の中で、健康づくりの3要素として『「栄養」「運動」「休養」のバランスのとれた健康的な生活習慣の確立をはかることを基本とする』と示しています。どうして、「食事」ではなくて「栄養」なのでしょうか?
【A】「栄養」という言葉は、単に食事だけでなく、栄養素を含む全ての飲食物を含む広い概念です。一方で、「食事」という言葉は、単に食べることだけを指すため、栄養の面だけでなく、量や種類などの側面も考慮する必要があります。
したがって、「栄養」という表現が使用されることで、単に食事だけでなく、飲み物やサプリメントなども含めた栄養面のバランスを考えることが重要であることを示しています。また、栄養の面だけでなく、運動や休養も含めた総合的なバランスのとれた生活習慣の確立が健康づくりの重要な要素であることを示しています。
【Q】なるほど、「食事」よりも「栄養」の方が広い概念だとお考えなのですね。
でもそれは「物質的」な要素に重きを置いた考え方だと思います。「食事」あるいは「食生活」という言葉は、単に口から摂取する栄養物という物質的な要素だけではなくて、誰と食べるかとか食事中の会話など、人々の生活行動全般にかかわります。また、「料理」や「季節/旬」といった概念も含めて、幅広い意味を包含していると思います。
「栄養」という物質的概念で「健康」を構成するのは偏向的だと思うのですが、如何でしょうか?
【A】ご指摘いただいた通り、「食事」あるいは「食生活」という言葉は、単に栄養物を摂取するだけでなく、人々の生活行動や文化、習慣、信念、地域性なども含んだ広い概念であり、栄養だけではなく、社会的、文化的、心理的な要素も含めた総合的なアプローチが必要であることは確かです。
健康は、単に栄養だけでなく、運動、睡眠、ストレスの管理、社会的関係、環境など、様々な要素によって構成されます。したがって、「栄養」という言葉だけで健康を構成するのは偏向的であると言えます。
しかし、健康を維持するためには、栄養の面でも適切な摂取が必要であることは事実です。栄養バランスが悪いと、肥満や糖尿病、高血圧、脂質異常症、貧血などの病気にかかりやすくなる場合があります。そのため、健康づくりの観点から、「栄養」の重要性を示すことは、健康づくりのアプローチの一つとして重要なことであると言えます。
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このAIは、私が尋ねたことをまずは肯定(復唱)して、それに対する差し障りのない考え方を提示してくれるのだけれど、結局のところWebに広まっている「まっとうな情報・考え方」を結論にするので、そもそも「あまのじゃく」な私の思考を発展させるには、まだまだレベルが足りない。というか、ネットの常識を基盤にしているという意味では、それが当たり前のこと。当然の回答に不満を漏らしてはいけない。
でも、私としては、「栄養」という言葉には、私たちの身体が「物質の集まり」であるかのような偏見があって、あたかも「燃料を供給する」かのような考え方で「健康的な食生活」を定義していることがとても気になっているのだけれど、その考え方を相手AIと共有できるようになるまでには、このような対話をたくさん繰り返さなければならないのだろう。
当然のことながら、私たちの「身体」は「物質の集合体」では決してない。意思があるとか好みがあるということはもとより、なによりも「他者」との関係性が私たちの「身体」あるいは「行動」に大きな影響をもたらしているということが大切なこと。食料が窮乏して飢饉に直面するような状況では「栄養補給」が優先することはいたしかたないとしても、「健康」を目指す私たちにとって、食生活は単なる「栄養」を超えたきわめて芳醇な喜びや幸せを与えてくれるはずだ。だからこそ、「単なる栄養」として食事が提供されるのではなく、「おいしさ」にもっと注目してほしいと思っているのである。
おそらくは、「一緒に食べる人との交流や会話」が「おいしさ」の要素の一つになるのだろうとも確信している。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男