前週、表題のテーマで品川講座の内容を配信した。
この「勝手に気づいてもらう」という表現は私たち独自のもので、「勝手に」という言い回しは誤解を招くかもしれないのだけれど、こちらが語りかけている言葉の内容を文字通りに理解してなぞるのではなく、その(語られている)言葉内容の如何を問わず「ご自身が勝手に会得した感覚」とでも言えばよいだろうか。いずれにしても、私たちは「言葉」でしか働きかけをできないのだけれど、最終的に会得された本人の「感覚」あるいは「気づき」は文字通りのものではないし、目標とする状態を達成するための働きかけとしては、それを文字通りに話すことが重要なのではないということ。
スポーツ指導の現場でも、「なんでわからないのだ」とか「なんでできないのだ」という嘆きの言葉を耳にすることが良くあるけれど、そのような嘆きの言葉を発する指導者は、大前提として「話せばわかる」という思い込みをしていることが多い。
でも、「言葉が通じない」という場面は意外に多いということを、私は以前から感じていたところであった。
そんなある日、というか先週の火曜日。
私が主催する学会のセミナーで「アスリートの潜在脳機能を鍛える」という内容の講演を聞いた。
例えば、プロ野球の選手であった桑田真澄さんに「カーブの投げ方」を説明してもらったところ、
「ボールの向こう側を中指で下向きにこすって、手前側を親指で上にはね上げます」
と、ボールを持ちながら実演してくれたのだという。
ところが、実際に、桑田さんの投球映像(リリースの瞬間の手指の動き)を背後からアップのスロー映像で再生したところ、親指は逆向きに動いていて、ボールに回転を与えていたのは人差し指だということが判明した(ボールはちゃんとカーブ軌道を描いていた)。
また、ソフトボールの打者に速球と緩球(チェンジアップ)とを打ち分ける課題をやってもらったところ、「球種による投球フォームの違いはない(フォームの違いを認識して打ち分けているわけではない)」と断言する選手でも、実際にはフォームの僅かな違いを見分けている(VRで緩球のフォームと速球を組み合わせると緩球のタイミングで動作する)らしい。
つまり、本人が自覚していない情報に基づいて、脳が分析・対応して、動作のパフォーマンスが生まれているということ。
私はその話を聞いて、「言葉が通じない世界で、脳が働いている」という印象を抱くとともに、そのような「無自覚のパフォーマンス」を鍛える(向上させる)ためには、「言葉による指導は無力である」ということにも思い至ったのだった。
先週の品川講座で試してみた「勝手に気づいてもらう」という戦略は、じつは「無自覚の潜在脳」に働きかけている操作だったのだ。
私は大学の講義の中でも典型的な事例として紹介するのだけれど、「勉強しなさい」という言葉(働きかけ)は、とても無意味で効果がない。つまり、その言葉が発せられるとき、その対象である子どもは「勉強していない」という状態なのであって、その状態を生み出している原因に働きかけない限り、「勉強しなさい」という言葉は単なる「命令」としての機能しか果たさない。そして「命令」は常に「従属的な身体の反応(行動)」を引き出すだけで、脳の記憶や機能向上にはつながらないのだ。
健康行動を指導する場合でも、大切なのは、ご本人の「気づき」なのだから、「気づき」を文字にした答え合わせのような(例えば「運動しましょう」などの)言葉を発したとしても、本人の「気づき」の状態にはほとんど変化をもたらす効果はない。
「話しても分からない世界」で「言葉が通じない潜在脳」に働きかけるのは、簡単ではないのだ。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男