さて、これまで私自身の小脳梗塞の発症に始まった経験を長々と述べてきたが、読者の皆さんは既にお気づきのように、このストーリーのキーマンとなるのは「筋膜マニュピレーション」という理学療法のスペシャリストであるPT(理学療法士)の吉田篤史氏だ。
「筋膜マニュピレーション」とは、一般社団法人 日本Fascial Manipulation協会の定義によれば次の通り。
「イタリアの理学療法士、Luigi Stecco氏による1987年から体系化された徒手理学療法、 筋膜機能異常(筋膜高密度化、基質のゲル化、ヒアルロン酸の凝集化)を筋膜配列、筋膜対角線、筋膜螺旋の視点から解きほぐす全身性の治療、痛みの解消、筋出力の向上、パフォーマンス向上に非常に効果的な徒手理学療法。」
https://fascialmanipulation-japan.com/
「筋膜」とは、15年ほど前から注目され始めた考え方だ。それまで、筋肉を観察する場合には筋膜を剥がして、筋膜は無いものとして観察していた解剖学の知見に対して、筋と器官を結合する組織としての筋膜の存在に着目し、結合組織自体の働きを検証しようというものだ。
筋膜には、以下の3つの役割がある。
- 結合包含(各組織を包んで身体の組織間を結合する役割)
- 動作連結(運動にかかわる筋・腱などを連結して、一連の動作を導く役割)
- 感覚(運動に関する知覚や痛みを感知する役割)
でも、そのような通り一ぺんの「役割」だけではなく、「筋膜」という概念を通じた身体の理解の仕方は、私たちのそれまでの常識に大きな発想の転換をもたらした。
第一に、「運動は個々の筋・腱の単位で行われるわけではない」ということ。つまり、前世紀の「筋―関節モデル」では「筋は関節をまたいで異なる骨と骨を結んでいて、筋が収縮するとその関節の角度が変位する」と理解される。
これ自体は間違いではないが、実際の運動・動作は、単一の筋・関節で実現されているのではなく、一連の筋の連なり(筋膜連結)によって導かれている。だから、実際の運動や動作は、個々の筋収縮(関節運動)の連結というよりも、筋膜によって(すでに)連結された筋群の一連の動作と理解したほうが良い。
もっと大きな発想の転換は、「痛みの原因と発生個所は同じではない」ということだ。例えば、膝が痛いといってもそれは必ずしも膝に原因があるのではなく、太ももや臀部の筋膜のこわばりが原因であったりする。場合によっては胸部に問題があるのかもしれない。
「筋膜」を通じた身体理解によって、個々の筋肉の単位だけで運動を考えるのではなくて、筋膜のユニット・筋膜配列全体の動きとして再構成することができるし、痛みの解消に関しても新たなアプローチが可能になるのだ。
新しい時代には新しい基盤理論が求められる。筋トレやエアロビクス・ストレッチを超えた発想が求められる時代に、すでに入っているといっても過言ではない。
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