昨日、【号外】を配信した。
すると、早速、2通のメール。
Aさん「同感です。ウォーキングの出会いには、偶然が重なります。」
Bさん「教え子さんが、せんせーとタクシーから声をかける所、面白く眺めて居ました。」
Bさんのメールは、
「…街中でそういえばあの人はどうしてるかな?と思いが浮かぶと、その人にバッタリ会うという現象。ユングの言う所のシンクロニシティの一種かも知れませんね。」
と続いていた。
「偶然の出会い」は本当に面白いと感じたのだが、これを単なる《超常現象》とはとらえずに《ユングのシンクロニシティ》と理論化してくださった解釈には感心させられた。
それはさておき、昨日の【号外】では「ウォークの出会いを、大切にしたい」と結んだのだが、そのメールを配信する前の昨日15時ごろ(ウォークが終わった直後)、ご参加いただいた方から次のようなメールが送られていた。
》雨に当たらずに帰ることが出来ました。半年ぶりの参加でした。
》来年は、もっと参加出来たらいいなぁ、と思っています。
》若い頃、九段下の女子寮に入っていました。北の丸公園から武道館のあたりは、
》通学路でした。懐かしくて、ウルウルしてしまいました。
私がこのメールに気づいたのは今朝がたのことなのだが、「若いころ…通学路」という出会い(再会)もまた感慨深い。私にとっては「偶然」なのだが、このメールを下さった方にとっては「必然」ともいえる《出会い》。
でも、決して誰にでもできる出会いではなくて、歩きながら当時の情景を思い出す(思い浮かべる)ことで得られる、その方だけが見ることのできる《出会い》。
私には見えないその方の《思い》を想像したとき、私も「ウルウル」と感じてしまった。