なかなか先に進まないことにそろそろしびれを切らし始めた方もいるかもしれないが、今回も、11月8日に開催された品川講座の話。
そこでは、高齢者を悩ます様々な〈痛み〉の原因について話を進め、全身を結びつける〈膜〉の重要性と意義について解説した後に、〈膜〉の構成成分であるコラーゲンの変性を〈コリ〉と呼称した上で、〈膜〉に生じる〈コリ〉の連鎖が姿勢の歪をもたらして、更なる〈コリ〉や〈痛み〉の原因となると論じた。
では、この〈コリ〉=〈痛み〉を改善するにはどうしたらよいのか?
私が知己を得ている「筋膜マニュピレーション」という手法では、〈コリ〉を生じている〈膜〉に摩擦・圧揉を施して解きほぐすのだが、それには専門的な知識と技術が必要なので誰もが試せるわけではない。
一般的には「筋膜リリース」などと称して様々な手技が紹介されているが、ここの動作を正しく実施することができないとかえって状態を悪化させる可能性もあるので、その指導には十分な配慮と時間が必要である。
というようなことは、結局のところ後付けの理由なのだが、私たちが教授したのは、「楽に動ける」という〈考え方〉と、簡単に間違いなくできる体操。
まず第一に、「楽に動ける」という考え方。これには「椅子からの立ち上がり」動作を例にとって実習する。
この「椅子からの立ち上がり」は、私たちの講座では基本の〈キ〉なのだが、椅子に座っている状態から立ち上がる時に、膝に手を突いたり机を支えにしたりなどということをせずに、「楽に立ちあがる」技法。「立ち・上がる」というくらいだから、多くの方は「上に向かう動作」だと思っている(それは物理的には正しい)のだが、どちらかというと「上体を前に動かす」と感じさせるように誘導する。
具体的には、次のように動作する。
- (両足を肩幅程度に広げて)椅子に座った状態から、上体(上半身)を前方に傾けて胸を膝に近づける。
- 上半身の重みが膝の上にかかるようになると、お尻(座骨)の荷重が薄れて、両足の上に荷重されるようになることを感じる。
- 体重が両足裏に感じたら、そのまま立ち上がる。
奥田さんは、「コマネチライン」と呼ばれる大腿の付け根に両掌を上向きに挟んでお腹の脂肪と太ももを挟み込むように意識させるのだが、文字にするとわかりにくいので、上記のように簡略した。
結局は、骨盤(座骨)で支えていた上体の重心が両足裏に移行することが「立ち上がり」なので、上体を前方に傾けて〈膝上=両足〉へと重心を前方移行させることが肝になる。これによって、(お尻が椅子から離れて)両足裏にきちんと全身が荷重してしまえば、膝が痛くても不便なく立ち上がれるのだ(座るのはその逆動作)。逆にいえば、このように立ち座りができていれば、膝・腰に関わる筋肉に余計な負担を掛けなくても立ち座りができるので、〈膜〉の〈コリ〉も生じないし、膝が痛くなったりしない。
床から立ち上がるのも同様なのだが、日常生活のあらゆる動作を〈楽に〉行うことによって、〈コリ〉が発生するのを防げるし、関節の痛みも生じにくくなる。
もう一つの技は、身体の歪(アンバランス)の解消。
日常生活の何気ない所作・動作が、身体各部の姿勢の歪を生じるとともに、〈膜〉を伝わる力の伝搬の不均衡をもたらす(=〈コリ〉の原因となる)ので、「姿勢の不均衡」が整えば〈コリ〉が生じにくくなる。
先般の品川健康講座では、座位での骨盤荷重を整えた。具体的には次の通り。
- 椅子座位姿勢で、両腕を胸の前で交差して両手掌で対側胸を触る(奥田さんはこれを「ツタンカーメン」と呼ぶ)。
- その姿勢から、頭から骨盤までの背骨を軸として、ゆっくりと回旋して左を向く。
- 元の姿勢に戻して、今度は反対に回旋して右を向く。
- 上記の左右の回旋を比べて、どちらが楽でどちらが窮屈かを感じる。
- 楽に感じる側の骨盤(座骨)の下(座面との間)に、2~3cm程度の厚みのタオルをはさんで、もう一度(さっき)窮屈だと感じた側に回旋する。さっきよりも楽に感じていることに気づく。
- 尻下に挟んだタオルを取り除いて、左右回旋を比べる。(さっきよりも均等になったと感じる)
これは、「操体法」と呼ばれる技法の一部(変法)なのだが、基本的には、〈窮屈〉と感じる側の動きが楽になるように仕向けて動かすことによって、そちらの動きを制約していた〈膜〉の操作性を改善する。もちろん、本格的な筋膜マニュピレーションのように〈コリ〉を解消することはできないのだが、ほんのちょっとの姿勢変化によって〈楽な動き〉を誘発して、〈膜〉に作用する力のバランスを整える。「筋膜リリース」というのは言い過ぎなのだが、(あくまでもアバウトな表現として)「膜リセット」とでもいえるのではないかと密かに考えている。