私が奉職する早稲田大学では、今年春学期のすべての授業がオンラインで行われた。
その通知があったのが4月2日。
3月に、「授業開始は4月20日から」と通達されていたのだが、緊急事態宣言の発令に伴って、「教室での授業を行えるような状況ではない」と判断したようで、「授業開始は5月11日から」とされた。
そこからは、突然降って湧いた「オンライン授業」の実現を目指して、(なにしろ初めての事なので)手探りで準備を進めた。
その後、4月6日には、「キャンパスへの立入禁止(教職員のテレワーク)」が通達され、その後、2度延長されて、最終的には5月31日までロックアウトが行われた。6月からは2段階でキャンパス立入が緩和されたが、まだイベント開催は禁止されているし、「不要不急」のキャンパス立入は自粛要請されている。
授業だけではなく会議もオンラインだから、そもそも出校する必要はないのだが、世間の醜聞に漏れず早稲田大学でも「書類文化」が継続しているので、Amazonで購入した用品の領収書をメールで送っても、「印刷書面を提出してください」と言われる。つまり、直接事務所に出向いて「書類」を提出しない限り、証憑が決済されないということ。
先般、どうしても出校しなければならない校務のために呼び出されたので、ついでに、これまで溜まった「書面」を事務所職員の机上に留置した。
そのうちの一枚、「4/28に早大生協が発行した請求書」について、「支出理由書を提出してほしい」旨の連絡が昨日あった。それは、オンライン授業の準備におおむねの目途がたった4月下旬に、「通信環境」の確保が重要だと気づいたことから、慌ててあれこれと探し回ってたどり着いて購入した「通信ルーター」の請求書であった。どうやら「オンライン予算枠」というのが特別に用意されているようで、事なきを得た。
元々は、「オンライン授業にせよ」という大学本部からの通達があり、しかも、「キャンパス立入禁止=自宅から通信せよ」とのことであるので、自宅からの通信費は当然に大学が負担すべきものなのである。私は、当初からそう思っていたから、わざわざ授業用の通信ルーターを購入した(校費支出しようとした)わけだが、中には、自宅から自分で契約した(料金自己負担の)通信回線を使っている人も多いだろう。
ところが、今月中旬の本部通達によると、「9月以降(秋学期)には、一部授業が教室(対面)で実施できるようになる」とのこと。どうやら、様々なスジから(中には授業料を返せとかの)文句が出て、慌てて方針を変更したようなのだが、感染拡大当初(2~3月)に次々に発布された立派な通達に比べて、如何にも取って付けた様なその場しのぎの対策にしか感じられない。
そもそもは、4月に「オンライン授業にする」と決めたときに、キャンパスすべてを立入禁止にして教職員を出校させない措置をとるのではなく、授業に関しては、あらかじめ割り当てられた教室に教員を配置して、一人だけでオンライン授業をするようにしておけば良かったのだ(私たちの負担は大きいけれど)。
すべての教室は通信環境が整っているし、広い教室に一人だけの状況で、ウイルス感染が起こるべくもない。そうすれば、6月以降に緩和された状況に応じて、教室に来たい学生が一人また一人と出現するかもしれないし、1/3くらいの学生が教室に集まるようになれば、「教室授業への復帰」もできたはずなのに。
ゼミの学生に、10月からは教室での授業ができるようになると告げて「どちらが良いか?」と尋ねたら、「オンラインで良いのでは?」という回答が過半であった。
前回述べたように、オンライン授業も含めて今般の世の中の激変の多くは、すでに準備されて目指されていた営みが一気に実現したに過ぎない。何もなければ(何もなかったとしても)数年後には珍しくなくなる光景が一気呵成に出現したわけだが、あまりにも急に「すべて」を急いだために、元に戻れなくなったのだ。
教育通信環境が十全に整備された教室の多くが廃墟となるような可能性を秘めた、今般の騒動を振り返るたびに、「出口戦略を持たない急進策」の愚かさを痛感せざるを得ない。私たち日本人は、かつての大戦争で、出口戦略のない(行け行けドンドンの)陸海軍のばかばかしさを分かっていたはずなのに。
歴史は繰り返す。
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男