【4】オンライン空間でのフィットネス(2020年4月21日)

私の勤務する早稲田大学では、4月6日からキャンパスへの立入りが禁止された。

全ての教職員は在宅勤務となり、大学業務での入稿に際しても入構申請書の事前提出が必要になった。私は、5月からのオンライン授業に備えて自宅で粛々と準備に取り組んでいるので、「在宅研究」と言われてもあまりピンとこないのだが、大学研究室に残してある資料を使えないことはいささかの不便なのだろうか。

在宅勤務なのだから、学内の会議もすべてWebで行われる。先週の火曜日に10人程度のメンバーでの最初の会議があったのだが、内容はともかくとして、総じて服装がラフで、ひげを伸ばした方が数名いたのが印象的だった。ずっと自宅で仕事をしていると、装いが気にならないのだろう。これまでは、「会議」といえば身なりを整えて参加するのが常識だったのだが、じつは「会議」の中核は「会話の内容」であって装いとか緊張感などというものは、会議の本質なのではないのかもしれない。

翌日、学会関係のWeb会議の後に、ラインのビデオチャットを利用して「Web飲み会」を開いた。「飲み会」といっても、各自が目の前にパソコンやスマホを置いて、各自が用意した飲み物や肴を飲食するだけなので、交わされる(共有される)のは「おしゃべり」だけ。飲食物が共有されることはない。つまり、もしかしたら飲み会の場合も、その中核は「会話」であって、飲食物や酩酊は単なる附随要素というか文字通りの「肴(アテ)」に過ぎないのかもしれない。

このように考えていくと、実は今まで当たり前に思っていたイベントも、オンラインで伝わるのはその《中核》だけで、附随要素(装飾)を除いたスリムな《本質》だけが残っていくということなのだろうか。もしかしたら、対面で行われていたイベントにおいて、これまで当たり前と思われていた要素の中にも本質的ではないもの(オンラインでは捨て去られるもの)がたくさんあったということかもしれない。

ところで、フィットネスの世界でも、昨今は「オンライン」のインストラクションやチャットが数多く活用されていることと思う。JWIの講座もオンラインが中心だし、これからはスタジオプログラムの多くもオンラインへの対応が迫られるようになるのだろう。さて、そこで伝えられるのは、いったいどのような《本質》なのだろうか?

私は、衣装や化粧、あるいは飲食物などの附随要素が「不必要なもの」だとは決して思わない。それどころか、もしかしたらオンラインで伝わらない要素があるからこそ「対面」の意義があるのだと思う。つまり、オンライン(Web)の世界は、現実の対面空間とは異なる世界であって、そこで展開される人と人とのコミュニケーション(そこで伝えられる価値)は、互いに異なるのではないかと思っている。

そして、これまで現実対面空間の中で発展してきたフィットネスプログラムは、2020年を境としてオンライン(Web)空間へと拡張していくことになるのだ。人と人との肌の触れ合いのない空間、汗が交わらない空間、そして、ウイルス感染がおこらない空間の中で、新たなフィットネスが生まれる予感がする。

(JWIコネクトに連載中。閲覧はアプリから→ https://yappli.plus/jwi_sh

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