世間では、新型肺炎(コロナウイルス)の話題が盛んである。
先日も、ある方から、「花粉でくしゃみするだけでも周りから白い目で見られる」との嘆きを聞いた。今週末は花粉の飛散もピークを迎えたというのに、巷のマスク売り場は空っぽで、購入もままならない。それどころか、マスクよりも感染予防に力を発揮する「手指消毒液」も店頭に見かけない。現在緊急に増産しているというが、品薄解消のめどはたっていないようだ。
それはさておき、今回巷で問題にされているのは、「新型コロナウイルスの拡散防止」なのだが、「新型肺炎で死亡した人」とか「感染者の治療」の観点も錯綜して、議論(恐怖)の本質が見えなくなってしまうケースもあるようだ。
新型コロナウイルスの問題の本質は、「人から人への感染が繰り返されることによるウイルスの変異と病原性(致死率)の増大」だ。そもそも、鳥インフルエンザも豚コレラも、鳥や豚だけに感染(発症)している限りは、(食用家畜被害と生物環境保全の観点以外は)人にとってはたいした問題ではない。ただそれが、人がそのウイルスに感染して発症してしまう状況になると、「苦しむ人が現れる」ということなので、その瞬間に《人の問題》になる。でも、それはあくまでも《感染した個人の問題》なのであって、広く《人類の問題》ではない。ところが、そのウイルスが、(感染した)宿主の個人の体内ですくすくと生育し、別の人に感染したとしたら、その時点で《人類の問題》になるのだ。そして、その感染を繰り返すことによって、感染力と致死率が高まるような変異をおこすとしたら、多くの人に感染しておびただしい人が亡くなること(パンデミック)につながりかねない。今、WHOや政府諸機関が恐れているのは「パンデミックにつながるウイルスの変異」なのである。
念のため、ウイルスに感染した《個人》の体内で起こる現象を述べておくと、口・鼻や目などの粘膜から体内に取り込まれたウイルスが、細胞に取り込まれて増殖する。ところが、《個人》の遺伝子とは異なるために、体内の免疫系がウイルスをブロックして(A)死滅させようとするとともに(B)体外に排出しようとする。この(A)のプロセスが、発熱や炎症反応で、それらが「発症」することがウイルス撲滅の正常な過程なのである。一方で(B)のプロセスが、咳やくしゃみなどの反射的行動であり、その過程でウイルスが体外に除去されるというわけである。どちらも、ウイルスに対する正常な免疫反応なのだが、前者は自身の身体を苦しめるし、後者は他人を感染させるリスクを生じさせる。
このようなウイルスの対処に関しては、二つの考え方がある。一つは、自身の身体に潜入した時点で、ウイルスが増殖しないようにする(Aのプロセスを緩和する)という考えで、もう一つは、体外に排出されたウイルスが、他人に感染しないようにする(Bのプロセスの悪影響を無くそうとする)という考え方である。前者が、「予防接種」や「ウイルス増殖抑制剤」の投与であり、薬理的に身体環境を変化させようとするものである。後者は、いわゆる「うがい手洗い」であり、現在は「手指の消毒」を第一義としているのだが、感染者の口鼻から発散される咳やくしゃみの飛沫を飛散させないようにするという方法も、「くしゃみエチケット」として普及している。ところが、昨今のマスク不足は、「かからないようにする予防のため」という観点から着用する方が増えていることが大きな要因のように思う。
目の前でくしゃみをされたとしても、マスクをしていれば、それがうっかりと自分の口に入る可能性はほとんどなくなるが、そんな馬鹿な(他人の顔をめがけてくしゃみするような)状況は現在のご時世にはほとんどありえないことと思う。それよりも、重要なのは、しらずしらずのうちにウイルスに接触してしまった自分の手指で、無意識のうちに、自身の口や鼻・目などを触ってしまうことだ。私は、鼻や目や頬を無意識のうちに触る習慣がある(ことに昨今気づいた)のだが、もしマスクを着用していれば、無意識のうちに触ることは妨げるだろう。でも、「手指の消毒」の方が効果が大きいことは言うまでもない。
ところで、皆さんはお気づきだろうか。上述した(A)と(B)の反応のうち、(A)感染した《個人》の苦しみ緩和(治療)よりも、(B)それがどのように感染したのかあるいはどうしたら防げるかという観点からのニュースや情報が多いということと、私たち自身にとってみても、もし自分がかかったときの治療対策(A)よりも、マスクや消毒薬をどうやって手に入れるかという自身の防衛(感染予防)意識(B)の方が重みをもっているということを。つまり、私たちは《個人》の身体の問題(A)よりも、感染者から自分にウイルスが移動するプロセス(B)の方を、重視しがちなのだ。
私たちは、《個人》の命を尊いものとして大切にするものの、《自分》の命が《他人》の命よりも優先されるのが一般的だと思う。ウイルスに感染した人にとっては、それをくしゃみや咳などで早く体外に排出してしまうことが自分の利益にかなうのだが、自分以外の他人にとっては、「咳やくしゃみ」はおおいなる迷惑になる。「くしゃみするだけでも周りから白い目で見られる」という状況における「白い目で見る」人の心持ちは、本来的には「ウイルスに近寄りたくない」という予防本能に根差すものなのだけれども、しらずしらずのうちに「くしゃみしている他人のそばには寄りたくない」=「感染者は隔離してほしい」というように、感染者を健康な社会から差別する圧力になりかねないという可能性だけを、ここでは指摘しておきたい。
(続く)
Wasedaウェルネスネットワーク会長・中村好男