私は毎朝の洗顔に“洗顔フォーム”を使っている。いつのころからか、絞りきったチューブに少量の水を入れると、しばらく使えることに気づいた。“もう出ない”と捨てていたはずのチューブでも、1ヶ月以上使えるのである。それまでは“ジェル”の状態で手のひらに乗せていたものが、水を足してからは“ローション”のように薄まった状態なのに、十分に顔が洗えるのだ(それがなくなってからも、もう一度ごく少量の水を加えると三日は持つ)。洗剤成分自体は圧倒的に少ないはずなのに“洗顔力”は変わらない。
それならば、最初から“薄めて”使えば、10倍以上持つのではないかと思いついた。そこで、まだ新品のうちから手元に出す量をほんの少し(1~2mm程度)だけに留めて、水で十分に泡立ててから洗顔するようにしてみたところ、やはり十分すぎるほどにさっぱりするのだ。それからは、洗顔フォーム1本で1年以上(もしかしたら2年近く)も持つようになった。もちろん、絞り切った後には水を足して1ヶ月以上長持ちさせることは言うまでもない。
ところで、あるとき私が洗顔を終えようとするころに、息子が洗面所に現れて“洗顔フォーム”を手のひらに絞った。なんと、見た目には“3cm程度”を一気にチューブから出したのだ。
「そんなに出すの!」
と、思わず叫んでしまったのだが、彼は平然と、
「だって、『手のひらに2~3cm取り出す』と書いてあるよ」
と言ってのける。確かに、チューブ裏面の注意書きにはそのように書いてある。そりゃぁ、世の中の“コンプライアンス信仰”に従えば、指示書き(インストラクション)に忠実なのは良いことなのだろう。絞りきったチューブに水を足して使おうなどとセコイことを考える方がどうかしている。
でも、もったいない!
そう言えば、カップ麺にお湯を入れてから待つ時間が「3分」なのか「5分」なのかという指示書きを疑ったことはないし、そば・うどんだってパスタだって購入品の裏面を読んで茹で時間を守っているではないか。商品裏面の指示書きに従うことは、“正しい使い方”の要諦なのだ。でも、それでも。。。
そうだ、カレーのルーならばどうだ。私の息子は「一度は箱に書いたとおりのレシピのカレーが食べてみたい」などと言っていたが、私の妻が(箱の)指示書きどおりのカレーを作ったことなど、ただの一度もないのだ。そうだ、“指示書き”に従わなくても良いモノだってあるし、もしかしたらそちらの方が多いのではないだろうか。
ならば“薬”はどうか。医師の指示(処方)は厳格に守っている人も多いだろうが、市販薬の分量を自身の裁量で増減させる人も少なくないのではないか。処方は“薬”に限らない。世の中には“医者信仰”が強いので、「お医者さんが言ったから」という言葉は錦の御旗のような支配力を持っている。洗顔フォームのように“薄めて使う”ということも、大切なのではないかと、毎朝顔を洗いながら実感している日々の私。